【2025年度版】人材育成のための助成金・補助金完全ガイド

目次

1. はじめに:2025年度における「人への投資」の戦略的位置づけ

1.1. 構造的な課題とリスキリングの不可欠性

2025年度において、日本企業が直面する最も深刻な経営課題の一つは、少子高齢化に伴う労働力人口の構造的な減少です。この労働力不足が深刻化する中、企業が持続的に成長し、存続するためには、既存の限られた人材基盤に対して集中的なスキルアップ投資を行うことが不可欠です 。

特に、グローバル市場で競争力を維持し、国内の業務効率を飛躍的に向上させるためには、デジタルトランスフォーメーション(DX)への対応が喫緊の課題となっています。DX推進は、単にITツールを導入することに留まらず、従業員がAI、データ分析、クラウド活用といった高度ITスキルを習得し直すリスキリング(学び直し)が不可欠な前提条件となります。

1.2. 政府の人への投資施策と助成金制度の役割

政府は、こうした構造的変化に対応するため、「人への投資」を国家戦略として掲げ、抜本的な施策強化を進めています。過去に政府が策定した「人への投資を抜本的に強化するための3年間で4,000億円規模の施策パッケージ」 の精神は継続されており、特に2025年度には、DX支援を含む中小企業生産性革命推進事業などの施策パッケージ全体に対し、過去最大となる3,400億円規模の予算が投じられるとされています。この予算には、IT導入補助金など、広範な生産性向上とDX支援策が含まれます。

この巨額の予算投入と特定の分野(DX、リスキリング)への手厚い助成率の設定は、政府が労働市場全体の構造転換を強く促していることの明確な証拠です。企業がこの国家的な戦略に則って事業計画を策定し、従業員のリスキリングに資金を投じることは、競争力強化に直結します。

助成金制度は、この戦略的投資における初期コストや機会費用を国が支援するための主要な財源確保手段として機能します。

本記事では、中小企業経営者や人事担当者が人材育成に活用できる主要な公的支援制度として、厚生労働省管轄の「人材開発支援助成金」および「キャリアアップ助成金」、並びに東京都が提供する「DXリスキリング助成金」および「スキルアップ助成金」に焦点を当て、2025年10月時点の最新情報に基づき、支援内容、対象、申請方法、および戦略的な活用方法を詳細に解説します。

助成金活用において最も重要な基本原則の一つは、厚労省系の助成金を受給するためには、労働保険料の滞納がない雇用保険適用事業所であることが大前提となる点です。さらに、多くの制度において、取り組みの実施(研修開始や制度導入)に、所定の計画届を提出し、承認を得るか届出を行うことが必須条件となります。

この事前計画の徹底が、助成金受給の成否を分けます。

解説動画

2. 人材開発支援助成金(厚生労働省)徹底ガイド:戦略的研修の設計

2.1. 制度の基本要件と全コースの構造(2025年度版)

人材開発支援助成金は、企業が従業員に対して職務関連の研修や訓練を実施した際、その研修経費と、研修中の賃金の一部(賃金助成額)を国が助成する制度です。業種や企業規模を問わず利用可能であり、正社員に限らず、有期契約やパート社員の研修も対象となります(役員等は除く)。

2025年度(令和7年4月1日以降)においても、制度は継続されており、主要な支援コース群の申請書類が厚生労働省から公開されています 。この助成金は、目的別に複数のコースに分かれており、企業が目指す人材育成の方向性に応じて最適なコースを選択する必要があります 。

2.2. 主要4コースの機能比較と戦略的活用

人材開発支援助成金の主要なコースは、「人材育成支援コース」「人への投資促進コース」「事業展開等リスキリング支援コース」「教育訓練休暇等付与コース」の4つが設けられています 。

特に注目すべきは、リスキリングや高度ITスキル習得に関連するコースです。これらのコースは、政府の重点政策に合致するため、一般的な研修を対象とするコースよりも高い助成率が適用されます。

人材開発支援助成金(主要コース)助成内容比較(中小企業向け)

コース名称主な
訓練対象
経費
助成率
賃金助成
(1人・1時間あたり)
年間
上限目安
訓練時間
要件
人材育成支援コース(一般)OFF-JT(職務関連研修)60%1,000円コースによる10時間以上
人への投資促進コース(高度IT等)DX/高度スキル、サブスク学習75%1,000円2,500万円まで研修による
事業展開等リスキリング支援コース新規事業等に伴うリスキリング75%1,000円コースによる10時間以上
教育訓練休暇等付与コース有給休暇制度の導入定額助成(20万円+加算)なし定額制度設計

2.3. 戦略的重点:事業展開等リスキリング支援コースの活用

事業展開等リスキリング支援コースは、新規事業の立ち上げや業態転換に伴い、従業員に新分野のスキル習得をさせる研修を実施した場合に助成されるコースです。

このコースの助成内容は非常に手厚く設定されています。中小企業の場合、訓練にかかった経費の75%(大企業は60%)が助成されます 。さらに、訓練中の賃金については、1人1時間あたり1,000円(大企業は500円)が支給されます 。

この助成率(75%)は、一般の「人材育成支援コース」(60%)と比較して15ポイント高く設定されています。

この高率の助成を受けるためには、訓練内容を単に「スキルアップ」として申請するのではなく、「新規事業の展開」「既存事業の業態転換」に直接結びつく戦略的な訓練として位置づけ、その関連性を論理的に記述した訓練計画を策定し、提出することが極めて重要となります。労働局は、計画届の内容を通じて、企業が戦略的投資を行うことへの承認を与える形となるため、訓練計画の策定は、事業戦略と完全に連動させる必要があります。

また、この助成金が訓練中の賃金(1時間あたり1,000円)を補填する機能は、人手不足に悩む中小企業にとって大きなメリットをもたらします。企業が従業員をOFF-JTに参加させる際の最大のコストは、研修費そのものではなく、その時間分の労働力が失われること(機会費用)です。

賃金助成は、この機会費用の一部を国が負担することで、企業が生産性の低下リスクを許容し、将来の競争力を高めるための教育投資を行いやすくする、リスクヘッジ機能として働きます。

2.4. 助成内容詳細と支給上限額

高度IT分野の研修であれば、一般的なOFF-JT研修であっても、人への投資促進コースを利用することで経費助成率75%が適用されます 。1事業所あたり年度内に受給できる助成金の上限額は、コースや訓練内容によって異なりますが、人への投資促進コースなどでは年間最大2,500万円まで受給が可能とされています。

助成対象となる研修は、社内外の研修機関による集合研修やオンライン講座など幅広く含まれますが、日常業務の延長上にあるOJT(On-the-Job Training)は原則として対象外です。ただし、厚生労働大臣認定の実習型訓練や有期実習型訓練など、一定の要件を満たすOJTとOFF-JTを併用する訓練は例外的に助成対象となります。

なお、訓練時間の基準は、原則として職務に関連した10時間以上のOFF-JTがベースとなります。

2.5. 実務上の申請プロセス:計画届の重要性

人材開発支援助成金を受給する上での絶対条件は、研修開始日の原則として6か月前から1か月前の間に、訓練計画届を管轄の労働局へ提出し、承認を得ることから手続きを開始することです。ただし、新規雇入れ直近の訓練や天災等のやむを得ない事情がある場合は、研修開始日前日までの提出が認められる例外規定も明示されています。

この計画届の内容に沿って研修を実施した後、研修終了日から2ヶ月以内に支給申請を行います。その後、労働局の審査を経て支給可否が決定されますが、実際に助成金が企業に振り込まれるまでには、審査状況や提出書類の不備等によって変動しますが、一般的に研修終了から時間を要することになります。

このタイムラグを理解し、研修経費と研修中の賃金(人件費)は企業が一旦全額立て替える必要があります。特に資金繰りが厳しくなりがちな中小企業においては、助成金の交付を前提とした計画を立てる際、資金繰りショートを起こさないよう、慎重なキャッシュフロー計画を策定することが求められます。

3. キャリアアップ助成金(厚生労働省):非正規社員の定着と処遇改善戦略

3.1. 制度の目的と対象労働者

キャリアアップ助成金は、有期契約社員、パートタイム労働者、派遣労働者など、非正規雇用で働く従業員の企業内でのキャリアアップを促進するために、正社員化や処遇改善の取り組みを支援する厚生労働省の制度です。人手不足が常態化する現代において、人材の定着や確保は企業の持続的成長の鍵であり、この助成金は労働環境の改善と人材育成を同時に推進する有効な手段です。

対象となる労働者には、雇用契約に期間が設けられている人の他、無期雇用でも正社員でない人や、派遣労働者などが含まれます 。なお、雇用された期間が通算5年を超える有期雇用労働者については、無期雇用労働者とみなされるなど、対象者の定義には細かい規定が存在します 。

3.2. 【2025年改正検証】賃金規定等改定コース:昇給戦略との連動

キャリアアップ助成金における重要な施策の一つが、非正規雇用労働者の基本給を増額改定した場合に支給される「賃金規定等改定コース」です。2025年度より、賃上げ率の区分が細分化され、助成額がより詳細に設定される改正が施されました 。

この細分化は、企業に対し、賃上げを一段階高める強いインセンティブを提供するものです。従来の制度では、3%以上5%未満の賃上げに対して一律の助成額が適用されていましたが、改正後は4%を境目として助成額に差が設けられました 。

キャリアアップ助成金 賃金規定等改定コース(2025年度改正)助成額比較(中小企業、重点支援対象者以外)

賃金規定の増額率2024年度 助成額(3%~5%未満)2025年度 改正後の区分2025年度 助成額(1人あたり)R7改正の意義
3%以上 4%未満5万円(従前制度)3%以上 4%未満4万円インセンティブ細分化
4%以上 5%未満5万円(従前制度)4%以上 5%未満5万円昇給率4%達成を奨励
5%以上6.5万円 35%以上6.5万円継続して最高水準を支援

この制度変更により、企業は賃上げ率を決定する際、人件費増加の負担を最小限に抑えつつ、政府からの助成金を最大限に引き出すための戦略的な計算が必要となります。

例えば、昇給率を3.5%とするか、4.1%とするかで、一人あたり1万円の助成額が変わるため、賃上げ予算策定時にこの「助成金ブレイクポイント」を考慮に入れることが推奨されます。これは、政府が中小企業の賃上げ水準の底上げを狙っていることの具体的な表れです。

3.3. 正社員化コース:助成額と定着支援

キャリアアップ助成金の中で最も利用が多いのは「正社員化コース」であり、有期契約社員やアルバイト等を正規社員へ転換した企業に助成金が支給されます。

助成額は転換前の雇用形態や対象労働者の属性(重点支援対象者かどうか)によって異なります。中小企業の場合、有期雇用労働者を正規雇用に転換した場合、一般の労働者で40万円、重点支援対象者(雇入れから3年以上継続雇用されている者など)であれば80万円が支給されます 。

この助成金の特徴として、支給が6ヶ月経過後と12ヶ月経過後の2期に分割され、それぞれ半額ずつ支給される仕組みが採用されています。これにより、助成金は人材が企業に定着し、キャリアアップが実現されたことを確認しつつ交付されるため、企業の定着施策としても機能します。

3.4. 実務上の申請プロセスと重要改正点:手続きの簡素化

キャリアアップ助成金を利用するためには、事前にキャリアアップ計画書を策定し、労働組合等の意見を聴いた上で管轄機関に提出する必要があります。

ここで2025年度における重要な改正点があります。それは、従来の制度で必須とされていたキャリアアップ計画書の事前認定制度が廃止されたことです 。計画書の策定・提出自体は必須であるものの、労働局長による認定は不要となり、事実上の「届出」のみでよくなりました 。

この変更は、従来の複雑な事前審査と待ち時間を削減し、企業の正社員化や賃上げへの取り組みを迅速に実行できるようにするための、行政側の大きな効率化措置です。これにより、申請の障壁は下がったと評価できます。しかし、一方で、事前の認定によるチェック機能が弱まるため、企業は計画の内容や実施後の書類に不備があった場合、後からまとめて不支給となるリスクが高まることに注意が必要です。

申請スピードは向上しましたが、コンプライアンス上の厳格性は維持されており、専門家による計画段階からの入念なチェックがより一層求められます。

取り組みを実施した後、支給申請は賃金支払日の翌日から起算して2か月以内に行います(各コースの規定に従う) 。申請期限を過ぎると支給されないため、就業規則の整備や各種証明資料の提出など、細かな条件の遵守と期限管理が極めて重要です。

4. 東京都独自支援策:地域特化型DX・スキルアップ助成金の戦略的活用

東京都は、国の助成金制度とは別に、都内の中小企業を対象とした独自の支援策を整備しています。これらの助成金は、国の制度ではカバーしきれない短時間の研修や、地域特化型のDX推進ニーズに対応する戦略的な位置づけを持っています。

4.1. DXリスキリング助成金:費用対効果の高いDX投資

DXリスキリング助成金は、東京都内に本社または主たる事業所を有する中小企業・個人事業主を対象とし、DX推進に必要なデジタルスキル習得を目的とした外部研修経費の一部を助成する制度です 。2025年度(令和7年度)も引き続き実施されています 。

助成内容(令和7年度確認済み)

DXリスキリング助成金では、研修受講にかかった費用(受講料や教材費等)の3/4(75%)が助成されます 。この助成率は、国の事業展開等リスキリング支援コースと同水準であり、DX人材育成への強い支援姿勢を示しています。

ただし、1人1研修あたりの上限額は75,000円、1社あたりの年間交付決定上限額は100万円と定められています。この制度は賃金助成(研修中の人件費補助)はありませんが、外部研修の受講費用補填に特化することで、国の制度(訓練計画の厳格さや訓練時間要件)が合わないケースや、単発のオンライン学習の導入において有効に機能します。

申請手続きの確認

申請は、研修開始予定日の1ヶ月前までに行う必要があります。申請は郵送の他、電子申請システム「jGrants」(Jグランツ)にも対応しています 。

jGrantsを利用するためには、事前にGビズID(GビズIDプライム)の取得が必要となります 。GビズIDの取得には時間を要する(数週間から1ヶ月程度)ため、早めの準備が推奨されます。電子申請への対応は、支援対象である「DX」を、行政手続き自体で体現しようという行政側の効率化の試みであり、他の補助金申請にも活用できるGビズIDの早期取得は、2025年度の補助金活用における必須の準備事項と位置づけられます。

4.2. 事業内・事業外スキルアップ助成金:短時間研修への対応

東京都の中小企業人材スキルアップ支援事業には、DX特化型以外にも、職務関連の研修を支援する「事業内スキルアップ助成金」「事業外スキルアップ助成金」があります。

これらの助成金が対象とする研修の要件は、国の制度との棲み分けを明確にしています。助成対象となる研修の総時間数は、3時間以上10時間未満と定められており、国の助成金が原則10時間以上の訓練を対象とするのに対し、都のスキルアップ助成金は、半日や一日のセミナー、資格取得のための短期間の公開講座など、「クイックな」スキルアップニーズに対応する戦略的な設計となっています 。

助成内容と上限額

助成率は、企業規模によって異なり、小規模企業者の場合は経費の2/3、中小企業は1/2が基本となります。また、受講者が非正規雇用労働者の場合は、助成率が2/3に加算されます。

1社あたりの年間交付決定額は、事業内・事業外スキルアップ助成金を合計して最大150万円です。ただし、1人1研修あたりの助成上限額は25,000円までと定められており、高額な研修であっても補助額には上限がある点に留意が必要です 7

4.3. 育業中スキルアップ助成金:育休中の学び直し支援

東京都のスキルアップ支援事業には、育児休業中の社員が自主的にスキルアップ研修を受講する際に、企業を支援する「育業中スキルアップ助成金」も用意されています。

この制度の助成内容は、中小企業の場合、経費の2/3(大企業は1/2)が支給され、1社あたり100万円が上限となります 。これは、育児休業期間を利用したキャリア形成を支援し、社員の定着率向上や復帰後の戦力化を促す点で、現代のダイバーシティ推進に合致した施策であると言えます。

東京都スキルアップ支援事業 助成内容サマリー(2025年度 R7)

助成金名称主な対象研修助成率(中小企業)1人あたり上限1社あたり年間上限訓練時間要件国との棲み分け
DXリスキリング助成金DX関連外部研修(OFF-JT)3/4 (75%) 75,000円 100万円 制限なし研修費補填特化
事業外スキルアップ助成金公開講座受講費1/2~2/3 25,000円 150万円(事業内と合計) 3時間以上10時間未満 短時間研修をカバー
育業中スキルアップ助成金育休中の自主的研修2/3 N/A100万円 制限なし育児休業者に特化

5. 助成金活用のための高度なコンプライアンスと戦略的ロードマップ

5.1. 国と自治体の助成金重複利用の原則

助成金を戦略的に活用する上で最も重要なコンプライアンス上の原則は、国(厚生労働省)の助成金と自治体(東京都)の助成金は、同じ研修や取り組みに対して重複して給付を受けることはできないという点です。

この制約があるため、企業は訓練の目的、時間、受講形態に応じて、助成金を使い分ける「ポートフォリオ戦略」が必要です。

戦略的棲み分けの例

  1. 高度なDXリスキリング(深掘り、10時間以上、賃金助成が必要)
    従業員を業務から長時間切り離す必要があり、賃金助成が不可欠な場合は、人材開発支援助成金(事業展開等リスキリング支援コース)を利用し、75%の経費助成と賃金助成(1,000円/時)を獲得します。
  2. 基礎ITセミナーや資格取得(短時間、研修費補填が主)
    10時間未満で完結するセミナーや、受講料が比較的安価なオンライン研修には、東京都 DXリスキリング助成金または事業外スキルアップ助成金を利用し、研修費用を補填します。
  3. 非正規社員の待遇改善
    賃上げや正社員化による定着率向上を目的とする場合は、キャリアアップ助成金を利用します。

5.2. 助成金申請に求められる人事・労務管理体制

助成金を受給するためには、単に研修を実施するだけでなく、厳格な労務管理体制が求められます。

キャリアアップ助成金や教育訓練休暇等付与コースの利用には、就業規則や賃金規定、キャリアアップ計画書の策定と、労働組合等からの意見聴取が必須です。また、人材開発支援助成金では、研修時間中の賃金支払いを証明する出勤簿、研修実施の記録、OFF-JT実施状況報告書(特にeラーニングや通信制の場合)の提出が必須となります 。

特に、キャリアアップ助成金においては、2025年度より計画の事前認定が不要となったことで、事後的なコンプライアンスチェックの重要性が増しています。不備や期限遅れは不支給に直結するため、日々の労務管理の正確性が以前にも増して重要となります。

5.3. 専門家活用の必要性と費用対効果分析

助成金申請プロセスは、多くの書類準備、厳格な期限管理、そして複雑な制度要件の解釈を伴います。

例えば、人材開発支援助成金において、訓練計画を「事業展開等」に結びつけて75%の助成率を勝ち取るためには、専門的な知見に基づいた緻密な文書作成能力が求められます。また、キャリアアップ助成金の賃金規定等改定コースにおける賃上げ率の戦略的な設定(4%や5%の閾値の活用)も、財務的な試算を伴う専門的な作業です。

こうした煩雑な手続きを社会保険労務士などの専門家に依頼することは、企業が本業に専念できるというメリットに加え、不支給リスクを最小限に抑えることが可能となります。助成金は要件を満たせば原則として受給できる(審査なし)性質を持つため、専門家への報酬を支払ったとしても、受給額全体で見れば費用対効果は高いと判断されます。

6. 結論:2025年における戦略的投資の方向性

2025年10月現在、政府および自治体は、人材育成、特にDX推進と非正規社員の処遇改善に対して、過去に例を見ないほど手厚い支援策を提供しています。

企業がこの支援策を最大限に活用するためには、以下の三点に基づいて、人材戦略を再構築することが推奨されます。

  1. DX/リスキリング投資の最大化
    研修投資を行う際は、人材開発支援助成金の「事業展開等リスキリング支援コース」を活用し、訓練計画を新規事業や業態転換に結びつけることで、最高の助成率(75%の経費助成および1,000円/時の賃金助成)を確保する。
  2. 非正規社員の定着促進
    キャリアアップ助成金における計画書の事前認定廃止という手続き簡素化の恩恵を受け、正社員化や賃上げ(特に4%または5%の閾値を超える設定)を迅速に実施し、人材流出を防ぐ。
  3. 地域特化型支援の活用
    東京都内の企業は、国の助成金(10時間以上の訓練向け)と都の助成金(3~10時間未満の短時間研修向け)を戦略的に使い分け、従業員のあらゆるスキルアップニーズを公的資金でカバーする「デュアル戦略」を採用する。

これらの助成金制度は、企業の競争力強化に不可欠な「人への投資」を、公的資金で強力に後押しするものです。適切な制度を正確に把握し、計画的かつコンプライアンスを遵守した上で活用することが、企業の持続的発展に繋がります。各制度の最新情報は、必ず厚生労働省や東京しごと財団などの公式パンフレットで確認し、申請計画を策定することが肝要です。

音声動画解説

ガイド:Q&A

1. 2025年度の日本企業が直面する構造的な経営課題と、それに対応するために「リスキリング」が不可欠とされる理由は何ですか?

日本企業は少子高齢化に伴う労働力人口の構造的な減少という課題に直面しています。この限られた人材で競争力を維持・向上させるためには、DX推進が不可欠であり、その前提条件として従業員がAIやデータ分析などの高度ITスキルを習得し直す「リスキリング」が求められます。

2. 厚生労働省が管轄する人材育成関連の助成金を受給するための、最も基本的な前提条件を2つ挙げてください。

基本的な前提条件は、労働保険料の滞納がない雇用保険適用事業所であること、そして研修開始や制度導入といった取り組みを実施する前に、所定の計画届を提出し、承認を得るか届出を行うことです。

3. 人材開発支援助成金の「事業展開等リスキリング支援コース」が、他のコースと比較して特に手厚い助成内容となっている理由は何ですか?

このコースは、単なるスキルアップではなく、新規事業の立ち上げや業態転換に直接結びつく戦略的な訓練と位置づけられるためです。そのため、政府の重点政策に合致し、一般的な研修よりも高い助成率(中小企業で経費の75%)が適用されます。

4. 人材開発支援助成金は、どのような訓練を原則として対象外としていますか?また、例外的に対象となりうるOJTの条件は何ですか?

日常業務の延長上にあるOJT(On-the-Job Training)は原則として対象外です。ただし、厚生労働大臣認定の実習型訓練や有期実習型訓練など、一定の要件を満たすOJTとOFF-JTを併用する訓練は例外的に助成対象となります。

5. キャリアアップ助成金の「正社員化コース」において、助成金が2回に分けて支給される仕組みには、どのような目的がありますか?

この仕組みは、助成金が人材の定着を確認しつつ交付されることを目的としています。正社員転換後、6ヶ月経過と12ヶ月経過の2期に分けて支給することで、企業の人材定着施策としても機能するよう設計されています。

6. 2025年度のキャリアアップ助成金における重要な改正点として、計画書の提出手続きはどのように変更されましたか?この変更が企業に与える影響(メリットと注意点)も説明してください。

従来必須だったキャリアアップ計画書の事前認定制度が廃止され、事実上の「届出」のみとなりました。これにより、企業は迅速に取り組みを実行できるメリットがありますが、一方で事前のチェック機能が弱まり、不備があった場合に後から不支給となるリスクが高まる点に注意が必要です。

7. 東京都の「DXリスキリング助成金」と国の「人材開発支援助成金」は、賃金助成の有無という点で異なります。この違いは、それぞれの制度がどのようなニーズに対応しているかを示していますか?

東京都の助成金は賃金助成がなく、研修費用の補填に特化しており、単発のオンライン学習などに適しています。一方、国の助成金は賃金助成があることで、従業員を業務から離す際の機会費用を補填し、長時間にわたる本格的な研修投資を支援する役割を担っています。

8. 東京都の「事業外スキルアップ助成金」は、国の助成金制度とどのような「棲み分け」がなされていますか?訓練時間の要件に着目して説明してください。

国の助成金が原則として10時間以上の訓練を対象とするのに対し、東京都のスキルアップ助成金は3時間以上10時間未満の研修を対象としています。これにより、半日や一日のセミナーなど、「クイックな」スキルアップニーズをカバーする形で棲み分けがなされています。

9. 国と自治体の助成金は、同じ研修に対して重複して受給できますか?この制約を踏まえ、企業はどのような戦略を取るべきだと述べられていますか?

いいえ、同じ研修や取り組みに対して国と自治体の助成金を重複して受給することはできません。そのため、企業は訓練の目的、時間、受講形態に応じて、最適な助成金を使い分ける「ポートフォリオ戦略」を立てる必要があります。

10. キャリアアップ助成金の「賃金規定等改定コース」において、2025年度の改正で賃上げ率4%が「助成金ブレイクポイント」と見なされるのはなぜですか?

2025年度の改正により、従来3%以上5%未満で一律だった助成額が、新たに「3%以上4%未満」と「4%以上5%未満」に細分化されたためです。これにより、昇給率を3.5%から4.1%に引き上げることで一人あたりの助成額が増加するため、4%の達成が助成金を最大限に活用する上での重要な分岐点となります。

主要用語集

用語定義
リスキリング(学び直し)従業員がAI、データ分析、クラウド活用といった、デジタルトランスフォーメーション(DX)推進に必要な高度ITスキルなどを習得し直すこと。
デジタルトランスフォーメーション(DX)AIやデータ分析などのITツールを導入し、業務効率を向上させるだけでなく、それらを活用できる人材を育成することを含む、企業全体の変革。
人材開発支援助成金厚生労働省が管轄する、企業が従業員に対して職務関連の研修や訓練を実施した際、その経費と研修中の賃金の一部を助成する制度。
人への投資促進コース人材開発支援助成金の一コース。DX関連や高度ITスキル習得、サブスクリプション型の学習サービスなどが対象で、高い助成率(中小企業で75%)が適用される。
事業展開等リスキリング支援コース人材開発支援助成金の一コース。新規事業の立ち上げや業態転換に伴うリスキリング研修を対象とし、特に手厚い助成内容(経費助成75%、賃金助成1,000円/時)が特徴。
キャリアアップ助成金厚生労働省が管轄する、有期契約社員やパートタイム労働者など非正規雇用労働者の企業内キャリアアップ(正社員化や処遇改善)を促進する取り組みを支援する制度。
正社員化コースキャリアアップ助成金の一コース。有期契約社員などを正規社員へ転換した企業に助成金が支給される。
賃金規定等改定コースキャリアアップ助成金の一コース。非正規雇用労働者の基本給を増額改定した場合に助成金が支給される。2025年度より賃上げ率の区分が細分化された。
DXリスキリング助成金(東京都)東京都内の中小企業等を対象に、DX推進に必要なデジタルスキル習得のための外部研修経費の一部(3/4)を助成する制度。
事業内・事業外スキルアップ助成金(東京都)東京都の中小企業を対象に、国の制度ではカバーしきれない3時間以上10時間未満の短時間研修の経費を助成する制度。
育業中スキルアップ助成金(東京都)育児休業中の社員が自主的にスキルアップ研修を受講する際、その費用を負担する企業を支援する東京都の制度。
OFF-JTOn-the-Job Training(OJT)の対義語で、日常業務を離れて行われる研修や訓練のこと。集合研修やオンライン講座などが含まれる。
賃金助成従業員がOFF-JTに参加している時間分の賃金の一部を国が助成すること。企業が負担する機会費用を補填し、教育投資を促進する機能を持つ。
計画届助成金を受給するために、研修開始や制度導入の前に管轄の労働局等へ提出する必要がある書類。取り組みの内容や目的などを記述する。
jGrants(Jグランツ)国の補助金申請がオンラインで完結できる電子申請システム。東京都のDXリスキリング助成金の申請にも対応している。
GビズIDjGrantsなどの行政サービスにログインするためのID。補助金等の電子申請を行う際に必要となり、取得には一定の時間を要する。
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